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2014年6月26日木曜日

自分の仕事について考えてみる

僕の仕事は「ITコーディネータ」という仕事だ。
「IT」という言葉が最初につくから「コンピュータ関連の仕事」と思われがちだが、実際にはそうではない。
もちろんITには大いに関わるけれども、実際にはお客様(小さな会社や小さなお店)の経営全般について相談を受け、助言やアドバイス、場合によっては経営者の方と一緒になって仕事を進めたりするのがメインの仕事。

その自分の仕事について、ことあるごとに毎度心のなかで念仏のように唱えて忘れないようにしていることがある。

自分はプレイヤーではなくサポーターだ。

支援をする側の者が目的とするのは「支援先つまりお客様となった会社やお店」が成長する・繁盛することだ。
支援の結果、実際に会社やお店が繁盛したとしても、それはその会社そのお店の経営者の手腕であり成果だ。支援者が頑張ったからではなく「経営者が頑張った」からだ。

成果は「プレイヤーが成功した(あるいは失敗した)」という事実だけだ。

支援者の目的は一から十まですべて「プレイヤーの成功」だ。自分がサポーターとしてものすごく頑張ったかどうか?は目的でもなければ成果でもない。
プレイヤーが完全に失敗したというのにサポーターだけ評価されるということがあってはならない。
けれども逆は十分ありえる。
プレイヤーが十分な成果を収めたのにもかかわらず、それがサポーターの支援のおかげだと評価されなくても、当のサポーターはそれで良しと受け入れなければならない。

サポーターはプレイヤーをおだてて気持よくさせるだけではいけない。時には厳しく。

プレイヤー(経営者)は自分の会社の中で社員やスタッフと一緒にあくせく動き回る事が責務だ。そこで頑張る姿を否定してはいけない。けれども、「中」にいると得てして自分が客観的にどういう位置にいるのか全く判断できなくなることがある。
プレイヤーの頑張る姿を見て応援するのは良いけれど、全然成果が出ていないのなら指摘すべきだし、考え方や努力の方向が違うと思えば、時には厳しい物言いもしなければならない。
プレイヤーと一緒に気持ちよくなってただ単に成果が出た時に喜び、成果が出なかった時に落胆するだけなら、それはサポーターでもなんでもなくただのオーディエンスだ。
プレイヤーが成果を出すことを目的として動く支援者であるならば、時には冷徹に徹するべき時もある。

サポーターがプレイヤーよりも名を上げるような事は断じて許されない。

企業の成果は、古今東西一つの例外もなく「その企業の努力の結果」だ。助言・アドバイス・支援は重要な要素になり得るかもしれないが、それはあくまで「会社の看板と責任を負わない」者の努力にすぎない。
プレイヤーが上げた成果で評価をされるべきは、どこまでいってもプレイヤーであり、サポーターでは断じてありえない。
ましてや、サポーターが「あのプレイヤーは俺が陰で支援したんだ」などと表明することがあってはならない。

・・・もちろん、僕も人の子なので、成果が出た時にはプレイヤーから感謝されたいとは思うし、ちょっとは自分の努力が成果に結びついたと言いたい気持ちはあるが、心のなかで少しそう思うことを、自己顕示欲に駆られて大きな声で言ってしまうのは、絶対恥ずべき行為だと思う。

常々僕は僕の仕事を、世に言う「コンサルタント」とは大きく異なるような感じを持っていたが、この数週間で見聞きしたこと、体験したことを通じて、ようやくハッキリわかってきた感じがします。



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