もう30年近く前の経験を、最近とても頻繁に思い出すことがある。
家電量販店に勤務していた頃の話。
量販店の店舗で「接客&売上のエース」と言われていたスタッフがいた。
冷蔵庫・エアコン・洗濯機といった白物家電から、テレビ・ビデオ・AV機器といった黒物家電まで、まあ驚くほどよく知っていて、そのうえ接客テクニックも優れていて、売上も常にトップクラスだった。
当時の家電量販店では、「誰が接客・担当したか?」でその担当者の売上を集計し、担当者売上の額で成績を比較・評価するのが、多分どこの量販店でも一般的だった。
……今はどうだか知らないけど(^_^;)
けれど当時、自ら売上も立てなければならない&店舗の運営管理もしなければならないマネージャー職にあった僕の立場からすると、この「エース」と言われていた担当者は、「ダメ」だった。
なぜか。
それは「家電」というものを徹底的によく知っていれば分かる話。
このスタッフは、「本当の現場」のことを全然分かっていなかったのだ。
【マニュアル上の話と現場の話】
例えば「エアコンを販売する」という話になった場合。
当時(今でもそうだと思うけれど)、エアコンを新しく買いたい、あるいは買い替えたいという場合、店舗では以下のようなことをきちんと事前に確認しろ、という指示というかマニュアルが、とにかく厳しく、本当に厳しく定められていた。
設置を想定している場所に、エアコン専用のコンセントはあるか?
ない場合は、コンセントの増設設置費用もいただかなければならない。室外機と室内機をつなぐ配管を通す「エアコン用の壁の穴」はあるか?
なければ、これも配管用の穴を通すための工事費用をいただかなければならない。室外機を置く場所は確保できているか?
例えばエアコンを設置する部屋が2階の場合、室外機は同じ2階のベランダなどに置けるのか?それとも1階の地面まで配管を下ろして設置しなければならないのか?
それによって「配管」の作業費用が変わる。そもそもエアコンの定格電力を、その設置場所の住まいや建物の契約アンペア・電気設備で許容できるか?
エアコンをつけてブレーカーが飛ぶようなら、そもそも配電盤側の対応が必要になる。
また例えば「洗濯機を販売する」という話になった場合も、様々な「販売時の確認事項」が定められていた。
洗濯機を設置する場所に「防水パン」はあるか?
あるいは防水パンがなくても、洗濯機用の排水口が用意されているか?洗濯機用の水道、つまり蛇口は用意されているか?
水道の蛇口の位置は、今回購入を検討している洗濯機の機種の給水口の位置に合致するか?
高さや横位置など、設置の時に不都合はないか?
1990年代から2000年代初頭のころ、家電量販店の統廃合が進むとともに、こういった「店舗で家電品を販売する際に、事前に確認しておくべきポイント」というものが、各量販店でどんどん整理されていった。
当然の話だけれど、最低限そういう「チェックポイント」がクリアできなければ、エアコンも洗濯機も、「売ったはいいけど、実際に配達したら設置できない」なんてことがあり得た。
実は当時、こういうトラブルは本当によく発生していた。
さて、こういう整備が進むとどうなるかというと……。
店舗での販売員は、「実際にエアコンを設置する、洗濯機を設置する際に、どんな作業が発生して、どういうトラブルが想定されるか」を熟知していなくても、ある程度一通り「トラブル回避」ができるようになる。
よくできたマニュアル・チェックリストがあればあるほど、「販売したのに現場でトラブルになる」というケースは少なくなるはず、でした。
実際、僕がマネージャーを務めていたころの量販店では、数年の間に、みるみるうちにこういうトラブルは減っていった。
【店舗(机上)の「売りたい」と現場の「実際」】
けれども、こういう整備をすればするほど、ある一定数の「とんでもないトラブル」というのは、全く減らずに残り続けた。
それはどんなトラブルかというと……。
例えばエアコンの場合。
コンセントもある。
室外機を置くスペースもある。
配管用の穴もできている。
ブレーカーも問題ない。
けれども、実際に取り付けようと思ったら、窓のカーテンレールが邪魔をして、室内機本体の「幅」がどうしても入り切らない。
洗濯機の場合。
防水パンもある。
排水口もある。
給水用の水道蛇口も問題ない。
ところが、設置する場所の高さ1.2メートルのところに、住宅設備として壁から取り付けられた「棚」があって、その棚の高さのせいで、そもそも洗濯機が設置できない。
高さが2センチ足りない。
こういうトラブル。
当時、店舗側の販売スタッフからすれば、
「え?そんなのマニュアルとかチェックリストには一切書いてなかったですよ。そんなの言われても困ります」
というような、いわば「販売スタッフ側の落ち度とは一概に言えないような想定外」だった。
けれども、毎日実際に現場へ配達・設置に出ているスタッフからすると、
「そんなの、しょっちゅうある話だよ」
「この程度のこと、ちゃんと想定して確認しておけよ!」
という話だった。
そして、こういうトラブルの時に一番困るのは「お客様」で、一番文句を言いたくて怒るのも「お客様」だ。
「お店で、ウチは新築で、こういう感じの建付けになっていると販売スタッフに何度も確認して、大丈夫ですよと言われて、お金を払って、配達日を調整してもらって、その日会社の仕事を有給休暇まで取って休んだのに、実際に配達・設置しに来たら『これでは設置できません』って、どういうことだよ!?」
という話になる。
【販売員の「クレーム率」「キャンセル率」】
こういった「現場に行って初めて発生する」トラブルの場合、実は「それならこんなのキャンセルだ!」となる率はそれほど高くない。
当時の僕のいた量販店での感覚的な記憶だが、そういう「現場トラブルによるキャンセル」は、売上100に対して1か2、つまり1~2%程度しかなかったと思う。
それに対して、「クレームとなり、現場担当者や店舗運営管理者、物流、工事などの担当者が大汗をかきながら無償対応した」率というのは、非常に多かった記憶がある。
【売り場のエースを僕が「ダメだった」とするワケ】
もちろん、正確な統計を取っていたわけではないので、あくまで当時の僕の感覚的な記憶になる。
けれども、こういった「売上をガンガン上げられる」スタッフの売上のうち、1割近くで、こういう何らかのトラブルが発生していたように思う。
1割程度、と侮ってはいけない。
その1割の案件で、とんでもない労力や金額の無償対応を余儀なくされた結果、問題のなかったその他9割の売上の「利益」をほぼ食い尽くしてしまい、場合によっては全体として大赤字、なんてこともあったのだ。
「売上」ではなく「利益」を見なければならない管理者としては、少なくとも「売上が高いから優秀」と単純には評価できなかった。
むしろ、売った後に何が起きるのかまで含めて考えなければ、店舗全体としては大きな損失になる。
だから当時の僕には、この「売り場のエース」が決して「本当に優秀な販売員」には見えなかった。
【本当の現場を知らないコンサルタントの弊害】
翻って、今の僕の仕事で常々思うこと。
本当に現場で何が起きているのか。
実際そこへ行って、その業務、その作業を実際に見聞きする。
許されるのなら、自分でやってみる。
そういう経験をほとんどしないまま、「現場ではこうだ」「中小企業ではこうだ」と語るコンサルタントは、実に多い。
「経営は現場で起きているんだ。机上の空論や一般論じゃダメなんだ」
と声高に言うコンサルタントも多い。
けれども、そういうことを言う人たちの中にも、実はこの「本当に本当の、ガチの現場」で、自分でやってみる、実際にそこへ行って見る、聞く、感じるという経験を、ほとんどしていない人がいる。
ただ、ここで言いたいのは、
「その仕事を実際に自分でできなければ、コンサルタントとして語る資格がない」
ということではない。
そんなことを言い出したら、コンサルタントは何もできなくなる。
問題はそこではない。
怖いのは、
「自分は現場を分かっている」
と思い込んでしまうことだ。
マニュアルを知っている。
業界知識がある。
何社も支援した経験がある。
経営理論を学んでいる。
事例もたくさん知っている。
そうなると、人は「自分は現場を知っている」と思いやすい。
けれども、30年前の家電量販店で言えば、それは
「コンセントも確認した」
「配管穴も確認した」
「室外機の置き場所も確認した」
「ブレーカーも確認した」
という状態に過ぎないかもしれない。
その先にある「カーテンレール」や「あと2センチ低い棚」の存在を知らないだけかもしれないのだ。
特に僕のやっているような小規模事業者への支援は、「現場で本当に手を動かし、体を動かし、お金を払ってくださるお客様と直に接したら、どんなことになるのか」を少しでも知っていて、やっと最初の一歩だと僕は思っている。
小規模事業者では、「理屈では正しい」だけではどうにもならないことが本当に多い。
人が足りない。
時間がない。
お金がない。
経営者自身が現場作業をしている。
担当者が一人しかいない。
その人が休んだら仕事が止まる。
お客様との長年の関係があって、簡単には変えられない。
昔からのやり方に、ちゃんと理由がある。
そういうことは、一般論の中にはなかなか出てこない。
そして、もう一つ怖いと思うことがある。
発言力や影響力の高いコンサルタントの存在だ。
著書がある。
講演をする。
SNSで多くの人に支持されている。
そういう人が、
「中小企業はこうすべきだ」
「これからはこうしなければ生き残れない」
「経営者はこう考えるべきだ」
と断言すると、それを聞いた人は、
「そうか、中小企業というのはそういうものなのか」
と受け取る。
そして、その言葉がさらに別の支援者や別の経営者に伝わっていく。
もちろん、その主張そのものが間違っているとは限らない。
むしろ、理屈としては正しいことの方が多いと思う。
家電量販店のマニュアルだってそうだった。
コンセントを確認する。
配管穴を確認する。
防水パンを確認する。
蛇口を確認する。
どれも間違っていない。
むしろ、絶対に確認すべき正しいことだった。
でも、それだけでは「現場を知っている」ことにはならなかった。
チェックリスト上は正しい。
理屈も正しい。
必要な確認もした。
でも、実際には入らないのである。
僕が最近になって強く感じるのは、コンサルタントの仕事にも、これと同じことがあるということだ。
【本当の現場を知らないとどういうことになるのか】
それは、家電量販店時代の僕の経験談をお話しするまでもない……と、これまでは思っていた。
けれども、どうもそうではないらしいことを、最近になって知った。
現場を知るというのは、現場に何回行ったかという話ではない。
自分がまだ知らないことがある。
自分が見えていないことがある。
自分の常識や成功体験の外側に、その会社、その店、その仕事だけの事情がある。
その前提を持ち続けられるかどうかだと思う。
マニュアルを読み、事例を知り、何十社も支援し、経営理論を学んでも、
「もう分かった」
と思った瞬間に、カーテンレールや、あと2センチの棚が見えなくなる。
そしてコンサルタントという仕事で怖いのは、自分がその2センチを見落としても、自分自身はそれほど困らないことだ。
困るのは、その助言を信じて実行した経営者であり、その会社で働く人たちであり、その先のお客様なのである。
だから僕は、できる限り現場へ行きたい。
見たい。
聞きたい。
できることなら、自分でもやってみたい。
それでも、
「分かった」
とは、なるべく思わないようにしたい。
30年近く前、カーテンレールの数センチや、棚の高さ2センチに泣かされた経験を、最近になって頻繁に思い出すのは、そのためなのかもしれない。
